懐かしいベルマークって結局なに?その仕組みをわかりやすく解説!

昔、ベルマーク集めていました?

そう、よくお菓子のパッケージなんかの
裏についていたベルのマークのあれです。

子供の頃はあれを切り取って学校に
持って行っていたのを思い出します。

たぶんほとんどの学校の子供たちが
やっていたんじゃないでしょうか。

当時は何の疑問も持つことなく、
ただそういうものだと思って
やっていましたけど、あれって
いったい何のためのもの
だったのでしょうね?

 
大人になってしまえば
そのまま忘れられていくのかも
しれませんが、なかには学校児童の
保護者の人たちが整理したり
集計したりとやっていたりもするので、
知っている人も多いでしょう。

あれは要するに、ベルマークを集めると
特定の企業から学校の備品がもらえたり、
他の教育施設に援助されたりするのです。

そしてこうしたベルマークを集めたり、
学校に備品や寄付を送ったりする
活動全体のことをベルマーク運動と呼びます。

 
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意外!?備品と交換するだけじゃないベルマーク運動の仕組みとは?

先ほど言った通り、ベルマーク運動とは
お買い物したらその額に応じて
モノをもらえたり、寄付したりしますよ
という仕組みです。

そして、この仕組みに参加しているのが
消費者、PTA、協賛企業、協力企業で、
中心になってそれらの間を結びつけて
いるのがベルマーク教育助成財団です。

 
では実際どんな流れになっているか
見ていきましょう。

まず始めに協賛企業ですが、これは
「うちもベルマーク運動に参加しますよ」
と手を挙げた企業のことで、
この協賛企業がスーパーやコンビニなどの
販売店にベルマークを付けた商品を
流通させます。

そして、ベルマークの付いた商品を
われわれ消費者がお買い物して、
ベルマークを切り取って学校や
PTAなどに持って行くのです。

ここまでは、みなさんもよく知っていますよね。

 
次に、多くの人からたくさん集まった
ベルマークはPTAから
ベルマーク教育助成財団に送られ、
確認がされます。

確認できた金額分については、
ベルマーク教育助成財団から協賛企業に
報告がいきます。

そして、ようやく協賛企業からPTAに
ベルマークに応じた金額がもらえるのです。

 
しかし、協賛企業からもらったから
といって自由に使えるというわけでは
ありません。

なぜなら、必ずベルマーク教育助成財団を
通して協力企業から買わなければならない
からです。

協力企業は事務用品やスポーツ用品、
書籍、楽器などを扱っている
いくつかの企業で、ここの商品から
買うことができます。

なので、必要な商品をPTAが選んで
ベルマーク教育助成財団に発注、
すると協力企業を通してようやく
時計だったり、サッカーボールだったり、
ピアノだったりが学校に届く
というわけです。

ここまでがみなさんで集めたベルマークが
学校の備品になるという仕組みです。

 
では今度は、ベルマーク運動の
もうひとつの重要な役割である、
寄付について説明します。

PTAは商品を注文して協力企業から
商品をもらうと説明しましたが、
このとき協力企業からはベルマーク
教育助成財団に対して1割の金額
補助するように決まっています。

そしてベルマーク教育助成財団は、
この受け取ったお金をより援助が必要な
学校に配ったり、海外の支援などを
行っているのです。

以上がベルマーク運動の説明になります。

想像よりも複雑な仕組みだと
思われたかもしれませんが、
いかがだったでしょうか?

 

歴史あるベルマーク運動!ベルの由来とは?

そもそもベルマーク運動は
どのようにして始まったのでしょうか?

始まりは昭和35年(1960)、
へき地などなかなか行き届かない学校に
教育環境を整えようじゃないかとの考えで、
朝日新聞社が中心となって
「教育設備助成会」を設立して
運動が始まりました。

その後「教育設備助成会」は
「ベルマーク教育助成財団」に
名前を変えて今に至っています。

 
設立の理念からも分かる通り、
対象はあくまで幼稚園とか学校とかに
限られているので、個人で集めても
何の意味もありません。

ちなみにベルマークのシンボルは
国内外のお友達に“愛の鐘”を
鳴り響かせよう
という意味からベルの形になった
とのことです。

 

まとめ

学校などと接点がなくなると
まったく気にしなくなりますが、
菓子袋の裏を見るとそういえば
ベルマーク1点とか0.5点とか
ついていましたよね。

それで、この1点が一体いくらに
なるのかと思ったら、
なんと1点=1円なんだそうです。

 
切って、集めて、整理して、貼って、
送ってと、結構手間暇かかる割には
大した金額にはならないようで、
なんと非効率な昭和でアナログな
システムなのかと思ってしまいました。

実際、結構大変な作業だそうで、
PTAのお母さんたちは疲弊している
という話も聞きます。

設立当初は、まだ日本も貧しい時代
だったし、このシステムの意味も
あったのでしょう。

しかもコンピュータもない時代です。

ですが、いまや時代は令和。

さすがにもう少し改善されては
いかがかと思ってやみません。
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